これまで私は、学校に行けなくなったお子さんについて、ご家族から気功のご相談をいただくことが何度もありました。
学校へ行けない。
学校へ行きたくない。
そうなると、どうしても周りは、
「この子に何か問題があるのではないか」
「何とか学校へ行かせなければ」
と考えてしまいます。
でも私は、ずっと疑問に思ってきました。
本当に、その子だけに問題があるのでしょうか。
学校へ行けない理由は、一人ひとり違う
子どもが学校へ行けなくなる理由は、いろいろあると思います。
友人関係かもしれません。
先生との関係かもしれません。
学校という環境そのものが合わないのかもしれません。
本人にも、うまく言葉にできない理由があるのかもしれません。
だから、「学校へ行かない」という一つの出来事だけを見て、その子自身に問題があると決めつけることはできないと思います。
私はこれまで、不登校になった子どもたちを見てきて、
その子が悪いのではなく、その子と今いる環境が合っていないこともあるのではないか
と感じることがありました。

「学校へ行くこと」だけを答えにしない
もちろん、学校へ楽しく通えるのであれば、それは素晴らしいことです。
私は学校そのものを否定したいわけではありません。
私自身、両親も兄弟も教師という家庭で育ちました。
だからこそ、学校や先生が子どもたちのために果たしている役割も分かっているつもりです。
それでも、すべての子どもに同じ環境が合うとは限らないと思います。
学校へ行けなくなったときに、
「どうすれば学校へ戻せるか」
だけを考えるのではなく、
「この子は今、何を感じているのだろう」
と考えてみることも大切なのではないでしょうか。
子どもの人生には、いろいろな道がある
私の知っている人の中にも、子どもの頃に学校へ行けなくなった人たちがいます。
当時は周囲から心配された人もいました。
でも、その後社会に出て、自分なりの道を見つけ、立派に生活しています。
そうした人たちを見ていると、学校へ行けなかった一時期だけで、その人の人生を判断することはできないと感じます。
人生には、いろいろな道があります。
みんなと同じ道を進む人もいれば、途中で違う道へ進む人もいる。
私は、それでいいと思っています。
その子自身を見る
親としては、子どもが学校へ行かなくなれば心配するのは当然だと思います。
将来は大丈夫なのか。
勉強はどうするのか。
このままでいいのか。
いろいろなことを考えるでしょう。
でも、周りの目や「普通はこうするもの」という考えだけで、その子を無理に一つの道へ戻そうとする前に、その子自身を見てあげることも大切だと思います。
学校へ行っているから立派。
学校へ行けないから問題がある。
私は、そんな単純なものではないと思っています。
その子には、その子の人生があります。
今いる場所が合わないのであれば、別の道があるかもしれません。
大切なのは、その子が自分らしく生きていける道を、一緒に探していくことではないでしょうか。