私の好きな本のひとつに、『ヒマラヤ聖者の生活探求』があります。
この本には、ヒマラヤの聖者たちとの出会いや、水上歩行、若さ、病や死、願望実現など、一般的な常識では考えにくいさまざまな話が登場します。
その内容をどのように受け取るかは、人それぞれだと思います。
私がこの本や、その新訳を担当された成瀬雅春さんの言葉からあらためて考えさせられたのは、「白紙の状態で受け入れる」ということでした。
「そんなことはできない」と決めつけない
私たちは、何かを見たり聞いたりしたとき、
「そんなことはありえない」
「普通はこうだ」
「今までそうだったから、これからもそうだ」
と、知らないうちに自分の中にある常識で判断しています。
もちろん、何でも無条件に信じればいいということではありません。
ただ、まだ自分が知らないことまで、
「そんなことは絶対にない」
と最初から決めてしまったら、そこで可能性を閉じてしまうことになります。
私が大切にしている「白紙の状態」とは、何でも信じ込むことではなく、自分の常識だけで最初から答えを決めないことです。

私自身も常識をなくそうとしてきた
私自身、昔から、自分の中にある余計な常識や思い込みをできるだけなくしたいと思ってきました。
世間ではこう言われている。
普通はこうするものだ。
そんなことはできるはずがない。
そうした考えだけで、自分の人生や可能性を決めてしまいたくないからです。
実際に自分で経験してみる。
自分自身で感じてみる。
そして、自分で考える。
私はそういうことを大切にしてきました。
白紙だからこそ見えてくるもの
「白紙の状態」になるというのは、簡単なようで難しいことだと思います。
長く生きていれば、それだけたくさんの知識や経験が増えます。
それはもちろん大切なものですが、ときにはその経験が、
「前もこうだったから」
「これはこういうものだから」
という思い込みになることもあります。
そんなとき、一度それまでの考えを横に置いて、白紙の状態で見てみる。
すると、それまで気づかなかった可能性や、新しい考え方が見えてくることがあります。
私はこれからも、できるだけ自分の中にある余計な常識や思い込みにとらわれず、白紙の状態で物事を見ることを大切にしていきたいと思っています。